ブログ移設のお知らせ2008/06/04 22:24

お久しぶりです。
長らく更新をストップしていましたが、このたび諸事情により
ブログを移設することになりました。

最大の理由はスパム対策による不便を感じたというところ
なんですけどね…

それに伴い、こちらのブログの更新を停止させていただきます。
当分の間過去ログとして残しておきますが、長らくのご利用
ありがとうございました。

http://www.ne.jp/asahi/papepo/hbpark/

こっちのブログも使わないと…2007/05/19 23:30

まあ…

ミクシィばっかりで、こっちをサボっていたらいけまへんな。
すんまへん。

というわけで、

5月24日(木)22:00より、初上陸となりますQuetzalcoatlサーバでの
公演を予定しております。

ぜひぜひ遊びにきてくださ~いヽ(´ー`)ノ

ネズミの時間とゾウの時間2007/02/24 01:49

木曜に放送された関西ローカルの深夜番組でおもしろい話を
していましたので、紹介します。

小さい動物の寿命は短く、大きい動物の寿命は長い。

ネズミの寿命は約4年
ゾウの寿命は約60~70年。

ところが、ネズミの心拍数が1分間に約300回あるのに比べて
ゾウの心拍数は1分間に約20回しかありません。

これを、一生分の心拍数というかたちで合計するとどちらも同じ、
約15億回鼓動を打って寿命を迎える、という話です。

イヌやネコの寿命が10年ちょっとという短さである理由も、
体が小さい分心拍数が早いからで、ネズミやゾウと同じ
「約15億回の心拍数」で寿命を迎えるのだそうです。


テレビを見ていて思わず「へぇー!」と頷きました。
心の中でへぇボタン20回以上連打しましたよww


ちなみに人間が15億回脈を打つのにかかる時間は30年弱だそうです。
…でも今は人生80年時代と言いますよね?これは、人類の文化と
医学の進歩のためと言われています。
確かに昔は人生50年と言われてましたからね。
(それでも普通の動物よりは長めですが)

30歳を過ぎた後の人生は、他の動物では得ることのできない、
非常に有り難い時間なのかもしれません。

そう思うと、有意義に使いたいですね。

「6570万脱税、同人誌漫画家「品川かおるこ」を起訴」2007/02/22 00:22

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070221i513.htm?from=rss

まあ、この人の同人活動はオレの活動とはまた違ったジャンルの
ものなので、詳しくは知らないのですが…

脱税という違法行為に安易に走るのではなく、法を知り対策を
練ることこそが結果的に自分の身と財産を護ることになる。
一言で言えば、甘く見ていたんでしょう。

同人で儲けることも才能と腕次第で可能だし、憧れる方も居ると
思いますが、むしろ赤字か売れてもトントンまでで好きなように
活動してるほうが柵(しがらみ)が少なくて良いような気がします。

あくまでオレが思うには、の話やけどね。

無学の会2007/02/20 00:29

2月18日、帝塚山で開演される鶴瓶さんのトークイベント
「無学の会」を見に行きました。

http://www.tsurube.net/

前回見に行ったのが昨年の夏、月亭八方・八光親子の回の
ときでしたから、見に行くのは約半年振りで楽しみにしながら
会場へ向かいました。

前半のトークは現在放送中のドラマ「華麗なる一族」の舞台裏を
写真を交えて紹介しました。いつもながらの巧みな話術で
ドラマの裏話がとても可笑しく思えます。最後にはネタばれを
してしまい、あわてる一幕も(笑)

今回のゲストは東京の落語家さん、昔昔亭桃太郎さんでした。

関西では「誰?」と感じるほど知名度は低いですが、
関東ではかなり有名な落語家さんらしいです。

印象としては仏頂面でとぼけた雰囲気、不条理な世界設定の
創作落語にダジャレと不思議な間を織り交ぜるスタイル。

関東での舞台と比べてウケが良くなく、終盤のトークでは
反省するばかり、途中出てきた奥さんのトークのほうが
面白かったとか、観客から「落語を見ようと思って来ていない
(トークを聞こうという構えで見に来ている)私らが悪い」と
フォローが入るとまた恐縮したりで、こっちの方が随分と
面白かった。

桃太郎さん自体、不思議な雰囲気の人で、かわいらしい雰囲気
なんですね。誰かが言ってた、「ハマるとたまらなく面白いが
ハマらなければ何のこっちゃかわからない」という表現が
見事に当てはまる芸風の人。存在の面白さは十分伝わった
舞台でした。

お久しぶりです。どこで何してたか?2007/02/13 00:16

ここんとこ、カゼを引いたり、色々あったのですがブログには記事を書けずじまいでした。でも、実は日記をたくさん書いていました。某ミ○シィで。

で、ふと思ったんですが、今までホームページ上の日記に書いたり、ブログに書いたりすることがなかなか長く続かなかったのですね。大抵、三日坊主になってしまう。

ところが、ミクシィ日記に切り替えてからはそれがなくなって1日に2,3回書くこともあったり、今までになく積極的にあれこれ書いています。

インターネット上でのオープンな日記と、ミクシィ日記での差。一体、何がどうしてここまで違う結果に至るんだろう?と思ったのですが、やはりオープンさの度合いだと思うのですね。なんだかんだ言っても、フルオープンなところでは思ったとおりのことを書くのが恐いというのもありますが、ミクシィの場合は参加条件や閲覧ルートの面で制限があるからこそガシガシ書けてるような気がします。あと、制限がある→関係が強い→レスが多い、というのも。

…実際これだけの規模になると、ほとんど変わらないような気もしますが。それでも、気分は違います。

つまるところ、無制限で見られるのか、閲覧に制限があるのか。その違いによって、書きたいことが書けるか書けないかの違いに現れてくるんじゃないかって気がします。詳しいことはわかりませんが、これも人間の心理を如実に現したひとつの例なのかもしれないと思っています。

でも結局はブログコピペを怠らなければいいじゃねーか?ってことでw
できるときはそうします(^_^;

スキー企画と私2007/01/11 21:57

少し遅くなりましたが、毎年恒例山梨スキーツアーに行ってきました。

今回で10回目(たぶん)になる長寿企画ですが、いつものメンバーに
新しいメンバーが少し加わって、滑って転んで滑って滑って焼肉食べて
玉転がして(ボーリング)大喜利で笑って滑って(爆)酒飲んでぶっ倒れて~(笑)
ほんと、遊び満載で今年も楽しかったです。

そして、楽しさの中に本当に大切なものを今回、感じました。
今から10年前の自分を振り返ってみると…

当時のオレは、某雑誌の読者投稿コーナーと、立ち上げたばかりの
会報という場所を利用して、事あるごとに人に近づき、ただただ
仲間を増やそうとしていました。それは己の内面にある空虚さを
満たしたいがためだった、まだそれを自覚していなかったのですが…

普段の自分が社会においてとても無力で空虚で。だからこそ
オフの自分はここにいて、ここに欠かせない人だと認められたい。
他人に必要とされたい。当たり前のようにそう考えて、何の疑問も
持っていませんでした。

自分が楽しいことが人にとっても楽しいはずだと思い込み、
ひとりぼっちになりたくない、孤独に対する恐怖がそれを
掻き立てていた。それを自覚することもできませんでした。
そうして、人との衝突を繰り返していました。
中には決定的な非難を浴びたこともあり、それが何故なのか、
当時のオレは理解できませんでした。
「オレ、イイことしてんのに、なんでこうなるねん!」って。

今、近年の交友関係の変化が、心境の変化も及ぼしています。

他人の意志を無視して、相手と繋がることを強烈に求めながら、
自分の欲のままに動くことが善であることを証明したくて躍起に
なっていたあの頃。あのときの自分は本当に間違っていた。

昨年には、トラブルの根っこにあのときの自分と同じものがあると
感じる出来事を客観的に見る機会もあって、それが自分の確信を
より深めることにも繋がりました。

それでも時には他人の声が気になることもあるけれど、結局それは
なるようになるし、なるようにしかならない。だから、気にしても
仕方ないんじゃあないかって、今なら思えます。
自分は自分、人は人。どちらも、他の何者でもない。良いも、悪いも、
幸せも、不幸も、最後はみんな自分の心が決めているのですから。

今年、いつもの時期にいつもの仲間が集まって、思い切り遊んで
楽しんで。いつものことが、とても嬉しく感じられました。
他人に自分を求めず、自分が素直になることで初めて本当の喜びを
感じることができるんですね。

こんなに楽しい思いをさせてくださって、本当に感謝してます。
ありがとう。

新年2007/01/03 01:24

あけました。昨年は身内に不幸があったのでこのような形で。

昨年はコミケの後、最終の新幹線で大阪に帰りました。
カード会員の特典を利用して、追加料金ゼロで
グリーン車に乗車。写真にある「グリーン料金0」の
券面表示が凶悪に感じられますw

そして、地下鉄新大阪駅のホームの上で新年を迎えました。
途中下車して、今宮戎へ立ち寄り初詣。
おみくじを引いたら…凶でした。
今年やりたいと思っていることは、ことごとくしないほうが
いいというお告げ。
…そうか、油断するなと神様は言っておられるんやな。
そう思って実行します。

元日夜に、Siren鯖でライブを開催しました。
元旦にもかかわらずジュノには数十名のお客様が
集まってくださり、3時間半の長丁場、ゲスト6組という
豪華版ライブも無事終了しました。

今回お招きしたゲストは、
・fろmさん(小ネタ流し)
・Hqshopさん(替え歌)
・しみかずくんさん(内藤ネタ・マクロ系観客一体型)
・シグルドさん(アドリブ系観客一体型)
・コシヒカリさん(1人2アカウント漫才)
・サンドリアマスターさん(語り)

と、一人一人がみんな違う多彩な芸風を見せてください
ました。中盤にネタを休んで見ていた私も飽きない内容
でした。また遊びに来てください。

そして、2日。
初夢は、ある4コマ雑誌の増刊号が新しく創刊して、
それを手にとって読んでいる夢でした…

うーむ…地味!! 何のメッセージか、わからん!!w

それはさておき、今年の抱負。

今年の抱負は、「正直」。

一見当たり前のことのように思えますが、人間、正直に
なることほど難しいものはそうそうないと思っています。
わかっていても、自分が恥をかきたくない、自分を
より良く見せたい、そして何より自分がほかの人より
劣っていたり変に見られることを恐れてしまう。
人間とは多かれ少なかれそういう部分を持つ生き物で
あると感じています。

自分が好きなものを、正直に好きだと言える。
自分が罪や失敗を犯したら、正直にそれを認めて謝罪する。
そして、自分が善か悪かであることばかりにこだわらず、
なぜそのようなことになってしまったか、
自分を正直に見つめて、反省する。

どれも当たり前のようで、出来ない人がたくさんいる。
(オレも、まだまだ出来ているとは思っていませんが)

「周りの人はどうだろうか」ということを第一に置いて、
世間に対して自分を買い被らせないと生きていけない
ようなアタマで生きているからではないでしょうか。

そうして、自分が幸せと感じられるハードルを自ら
高くしてしまうのです。自分を不幸と思っている人は、
自分が相対的に不幸なのではなくて、自分が幸せを
感じられるチャンスを自分で潰しているだけなのでは…?

また、正直者はバカを見る、という言葉がありますが、
それは他人の言動を鵜呑みにしているだけで、正直とは
意味が違うと思います。正直者がバカを見るのではなくて、
「考えない者がバカを見る」のでしょう。

とまあ、少し話は逸れましたが…結局自分を正直に
出せる人が、本当の意味で強い人なのではないか。
それを少しでも目指したくて、今年の抱負をこの言葉に
込めました。

というわけで、長くなりましたが、今年もよろしく
お願いします。

昨日。2006/12/22 14:39

 21日に、私の祖父が92歳で亡くなりました。

 祖父のことでこれと言って良い思い出もないので、ここでは書きたいこともありませんが。通夜と葬式には顔を出してきます。

 こんな日の朝に、高木ブーの娘さんの出産に立ち会う夢を見た。なぜなのか、自分でもようわからん(苦笑)

脳と忘れ物2006/12/21 00:33

「最終警告! たけしの本当は怖い家庭の医学」で
認知症にかかっていないかどうかの簡単なチェックをする
方法が紹介されていたので、物忘れがひどいと思っている
私も挑戦しました。

結果は…

全然、大丈夫でしたw
(7点以下なら認知症の疑いがある簡易テストで22点)

で、よーく考え直してみたら、

ある特定の事象に限って、記憶が残っていないことが
よくあるのですよ。それは、

「モノをしまった場所」

 これを覚えることが、どうにもできないのです。
サイフや定期といったものすらも、次に使うときは、自分が
置いた場所の記憶を基にするのではなく、自分が無意識に
物を置きそうな場所をやみくもに探して、見つかった時点で
再び手にする。これを、毎日当たり前のように繰り返しています。
すぐに見つからず、焦ることも時々あります。
不思議とそれが原因で会社に遅刻したことはありませんが。
(ただしサイフと定期自体を忘れたことは一度ずつある)

このように、日常的に使っているものとか、財布などの貴重品に
至るまで、手に持っていた、使った、持ち出したという記憶は
しっかり残っているのですが、「どこで手放したか」という
記憶だけが、覚えられないのです。

…ん?まてよ?ということは。

「忘れている」=インプットしたものが消える、のではなくて、

「覚えていない」=インプットされていない

ということでは?

インプットの問題ではないかと考えたこともあったけど。
たとえば「確かにココに直したのに、無い!」というものが
全然違う場所から出てきたり。あるはずのものを見失って
数ヵ月後に、なぜそんなところから出てくるのかわからないと
いった場所からひょっこり出てきたりすることが後を
絶ちません。これらは皆、忘れているのではなくて覚えて
いないと考えると、解るような気がします。

覚えようとしても頭が受け付けたがらない感覚を感じるときが
ありますから、はい(´・ω・`)